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Kenji IKEDA

ケンジイケダ

【DESIGNER PROFILE】

2003年A/WコレクションよりKENJIIKEDAをパリでデビューさせる。
1974年大阪生まれ

爬虫類等を専門にした高級ハンドバッグメーカーを営む家に生まれ、幼少よりハイクオリティーな物作りに触れながら育つ。

14歳で単身渡英し29歳で日本に帰国するまでの間、イギリス~スペイン~イギリス~フランス(イギリス14年)とヨーロッパを転々とし、帰国する前までの間はパリで暮らす。海外生活15年という歳月の中で、ヨーロッパの歴史や伝統を直視し、直接手で触れることにより エレガンス、そしてクリエーションとはどういう存在なのかを感じ取り、そして自分にとってのブランドの基本定義を確立させる。彼がデザインを生み出す上で、彼自身のブランド定義がとても重要な存在になっている。ブランドとは「ハイクオリティー&ハイセンス」が基本にあり、更に優美でありながら独創的である。 独創的であるとは、ブランドの個性がデザインに反映される事である。 
それらがデザイナーの考える基本定義でありエレガンスを表現できている理由だと言う。
KENJIIKEDAのアイデンティティーはそこにある。

2005年S/SコレクションよりKENJIIKEDAのアイデンティティーを受け継いだ別ライン
KENKENKENをスタート。日常を主体にデザインしKENJIIKEDAに通ずるエレガンスを秘めています。

2008年S/SコレクションよりKENJIIKEDA MEN'S COLLECTIONをスタート。

URL: WWW.KENJIIKEDA.JP


【INTERVIEW】


-2009年秋冬の特徴をお聞かせ下さい。

KENJIIKEDA(レディース)従来の定番パルスやエアリーパルスなどのラインをデコラティブに編集したコレクションになります。シルバーフォックスのファーをパルスにしてみたり、長さの違う輪状のフリンジをパルスに縫込み躍動感を演出したりパルスに編んだボールを幾つも縫い込んだりの様々なテクニックで表現しており、楽しいコレクションになったと思います。またクロコの革を使った財布などにスワロフスキーをたくさん付けたラインも出しています。


-革製品の会社、池田工芸を経営される家系に生まれて、幼少より、高度なモノ作りに触れながら育ってこられた憲治さんですが、いつ頃からご自身のデザイナーへの夢がハッキリされたのですか?

幼少の頃からモノ作りに触れる環境で育ちましたが、自身が独立したデザイナーになるのを意識したのはデビュー直前だと思います。それまでは「LVMHのブランドを渡り歩こうかな。」、「日本に帰って職人になろうかな。」 とも考えていました。ただジバンシーに在籍していた時に出会ったイギリス人デザイナーに対してとてつもない敗北感を抱き、どうしても同じリングで戦いたい!!! と考え自身でブランドを立ち上げデザイナーとして歩む事を決めました。
その決断から3ヵ月後にはデビューしてました。


-その後、独立してご自身のブランドを発足されるまでの経緯をお聞かせ下さい。

難しい事を考えるより先に行動してました。そのお陰で後から大変忙しい状態になりましたね(笑)まずは発表の場と商品を用意する事が全てでした。ハンドバッグ中心のブランドをスタートする事は決めていたのでパルスのデザインを持って帰国し、実家の工場で職人の隣に座ってサンプルを1本だけ 制作しました。パルスが出来た瞬間は見たこともない形状に恐怖と喜びが交錯していたのをよく覚えています。

その後パリで有名なTRADESHOW 「プルミエールクラス」の商品審査を受けデビューする場をいただきました。その後ブランドネームを考えたり、受注用のオーダーシートやプライスシート、写真を載せたハガキなど全て1人で手作りでやってました。(笑)数年のうちに職人や営業、プレスなど、たくさんの経験豊富な人達が集まってきてくれて
現在もブランドを理想の形に近づけようと切磋琢磨しています。

-14歳で単身で英国に渡り、ミドルセックス大学アクセサリーデザイン学部を卒業されたあと、15年間イギリスの他、スペインやフランスで過ごされ、その後『ジバンシィ』の革製品部でのアシスタントデザイナーも務められたとお聞きしましたが、幾つか印象に残った出来事を教えて下さい。

18歳の時にバルセロナのジュエリーデザイナーのもとで修行させてもらったのですが、 そのアトリエ兼住居での生活がドラマいっぱいでした。アトリエの建物は100年以上の年月を経ており映画のワンシーンのようで山の頂上に存在しご近所さんは皆無で食料調達に関しては1時間ほど舗装されていない道を下山した場所にある村まで行く必要がある程の僻地でした。

電器やガスも無く調理用や暖炉、ランプに使用するの火をおこす為、チェーンソウで木を切りまくる日常でした。そんな生活の中での小さなエピソードです。当時時計が無い生活が考えられなかった僕が、バルセロナに到着したのは良いものの、腕時計を忘れてしまっている事に気付き慌てふためいていたのですが、そんな僕を見てデザイナーが「明るくなったら起きて 暗くなれば寝ればいい」少しキザでなんでもない一言です。

起床してパンとコーヒーで朝食を済ませ 倒木を探し森の中へ 帰ってきたら仕事をし 昼食に2時間程かけワインを飲みまくる食後はかるく休憩して 木を切りまくり 仕事を再会して 暗くなったら暖炉の前でワインとチーズで談笑し寝る。週末のランチには決まって彼の友人がたくさん訪れ、特大の鍋でパエリアを作り酒を飲みまくる。そんな繰り返しの中で自然と時間に束縛されなくなっており、時間というものの意味が変わった気がします。その時代に作ったジュエリーは無邪気で楽しい感覚が伝わってきます。モノをデザインし作る上での大切な事を一つ学んだような気がします。


-デザインのインスピレーションソース、クリエイションのヒントになるモノ、ヒトや場所などについて教えて下さい?

こういう質問には困る事が多いです。というのも「思いつく」、という表現が一番正確だからです。ただ最近自身で認識しているのは、その時の感情に大きく左右されているという事です。喜怒哀楽がデザインに反映し、特に僕の場合は悔しかったり悲しい時か、幸せでしょうがない時にクリエーションが大きく作動するみたいです。例えば 素晴らしい建築家や音楽家の作品に触れた時や大自然に圧倒された時悔しかったり嫉妬の感情が沸き起こり 猛烈にデザインを描きまくっています(笑) 


-クリエイションを通して一番大切にしている事とは?

デザインや生まれてくるモノに対して正直でいるようにしています。


-休日はどんな過ごし方をされますか?

最近はハンバーガーにハマっていて 名店をさがして食べ歩いてます。以外と美味しいハンバーガーは少なくて本当に美味しいハンバーガーは足で探す!! みたいな感じです。あとは料理に集中したり、汗を流しにジムに行ったり  友人と楽しく話したり、散歩・・読書・・・とかですかね


-現在、進行中のプロジェクトや今後の展望を教えて下さい。

「進化版パルス」と「脱パルス」 

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